妙顕寺について

当山は龍華 具足山 妙顯寺と称し、鎌倉時代後期、元亨元年(1321)に創建された、

洛中における日蓮宗最初の寺院です。

 

日蓮宗の開祖、日蓮大菩薩の遺命を受け、帝都弘通を果たされた

肥後阿闍梨 日像菩薩により建立されました。

 

日像菩薩は追放や迫害といった数々の法難を乗り越え、

粘り強い布教を続け、後醍醐天皇より法華経布教の勅旨を賜り、

宗門の教線拡大の礎を築かれました。

 

その後、後継者として大覚大僧正を輩出し、

日蓮大聖人・日朗上人・日像上人に三菩薩号を賜り、

以来門下屈指の勅願寺として栄え、四海唱導とも称されました。

 

伽藍はたびたび移転を繰り返しましたが、

四条櫛笥(四条大宮の西南)を中心に活動していたことから、

一門は四条門流と呼ばれました。

 

その後も各地を転々としましたが、応仁の乱や天文法難を経て、

室町時代後期には二条西洞院の地に移りました。

 

本能寺の変後、豊臣秀吉の命により、堂宇を現在の地である小川寺之内に移転、

今日の伽藍の形が定まりました。

 

江戸時代には天明八年(1788)の大火「天明の大火」により、

伽藍の大半を消失しましたが、すぐに復興されました。

 

現在の建物の大半はそのときに再建されたものです。

その後、明治の廃仏毀釈や戦後の混乱期を乗り越え、現在に法燈を受け継いでいます。